宝、持ってますか?

昨日久しぶりに娘のサーちゃんと会った。
アベノのタリーズで本を読んでいる私の前に
いつも通り突然、素敵な笑顔で現れた。
多分半年くらいは会っていないと思う。
一年の間に季節の数ほども顔を見る事はない。
いつものように近況を切れ目なくしゃべる。
家族の事、友達のこと、音楽や映画の話題、
いっぱい語り会って別れた。
今日は食事をすることも無く映画も見なかった。
家へ帰る途中彼女のことを考える。
良い娘に育った。
小さいころから人の心に敏感だった。
人の悲しみを受け取り、人の喜びを本気で喜ぶ、
そういう子だった。
成人した今でもそういう所は
ちっとも変っていない。
家へ帰るといつも同じ戸棚に置いてある
写真を、手にとって見た。
多分2〜3歳くらいだったと思う、
イタリアに家族で行った時の写真である。
私にとって彼女は宝だった。
そしてもちろん今でも宝である。
大好きなギブソンの335を手に入れたとしても
それを宝とは考えない。
やはり宝とは家族であったり、友達であったり
人間なのだと思う。

shinya